あれとかこれとか活動記 withコロナ

週末の超スローライフを綴ります ポタリング、釣り、キャンプ、ハイキング、散策、外飯、庭呑み・・・

史跡

【狂犬通信 Vol.115】小机城の考察2

小机城のもう一つ気になる点として、東西二つの曲輪のどちらが主郭であるかという疑問と、二つの曲輪の間に設けられた、細長い小さな曲輪は何を目的としているかという点です。この細長い曲輪を注意してみると、二つの主要な曲輪より高く、東西二つの曲輪か…

【狂犬通信 Vol.114】小机城の考察

小机城の特長は何と言っても、東西二つの主要な曲輪を取り巻く、城の規模に不釣り合いな位に巨大な空堀でしょう。曲輪を取り巻く様に掘られた堀は横堀と呼ばれ、戦国後期の城の特長の一つです。小机城のもう一つの特長の一つに、横堀の外側、丘陵の斜面に対…

【狂犬通信 Vol.113】駿河國富士郡・蒲原城

蒲原城は蒲原宿の北側の山に築かれています。以前に来たときには綺麗に整備されていたのですが、現在は荒れ放題になっていて驚きました。一旦整備したあと、放置プレイをしているのか、コロナのため放置しているのか不明ですが…。 ※内容に誤りがある事があり…

【狂犬通信 Vol.112】北条新三郎氏信の墓

NHKBSプレミアムの「英雄たちの選択」で、「三増峠の戦い」が取り上げられました。 www.nhk.jp 今回の記事は、この番組が放映された後に「三増峠の戦い」繋がりで書かれました。 ・‥…━…‥・‥…━…‥・‥…━…‥・‥…━…‥ 三増合戦の結果、どの様な影響が有ったのか、一…

【狂犬通信 Vol.111】甲斐國都留郡・小菅城

久しぶりの狂犬通信。前回の日之出城を訪れた帰り道の記録です。 toei-sportif.hatenablog.com 塩山からの帰りは、柳沢峠(R411)~小菅村~鶴峠~藤野で帰って来たので、小菅城の前を通るので、30分位で見てまわれる小城なので寄って見ました。(小さいけど駐…

【狂犬通信 Vol.110】甲斐國巨摩郡・日之出城

日之出城は新府城の東約3km、塩川の対岸にあります。この城は、上杉禅秀の乱で甲斐国守護職・武田信満が討死して以来、甲斐国の支配権を巡り、武田信長、伊豆千代丸親子と信濃守護職・小笠原氏が甲斐に送り込んだ跡部氏、甲斐国守護代・逸見氏が争う状況にお…

【狂犬通信 Vol.109】甲斐國巨摩郡・武田信義館

武田信義は甲斐源氏武田氏の4代目の当主です。打倒平氏を廻る源氏の主導権争いは、源頼朝と木曽義仲の争いが有名ですが、最近の研究では打倒平氏の旗頭として武田信義も朝廷から期待されていた様です。しかし、武田信義は当初は頼朝とは別に挙兵して独自の勢…

【狂犬通信 Vol.108】下総國千葉郡・御茶屋御殿

御茶屋御殿は、モノレールの千城台駅の東側約3km程の所にあります。御茶屋御殿とは、徳川家康が鷹狩を行う時の休息所として整備された施設です。徳川家康は鷹狩の猟場として東金を使用しましたが、その東金と船橋とこの3ヶ所に御茶屋御殿が設けられ、東金~…

【狂犬通信 Vol.107】下総國印旛郡・和良比城

和良比城は総武線四街道駅の南東500m位の所にあります。(東口に降りて、駅前の道路を真っ直ぐと、超解りやすいです)城は一辺が30m位の方形の城でしたが、開発で破壊され、南西の角部のみが公園として残ります。破壊前の写真を見ると、状態が良かっただけに惜…

【狂犬通信 Vol.106】下総國印旛郡・鹿渡城

鹿渡城は総武線四街道駅と物井駅の中間、線路の直ぐ東側にあります。在地領主の城で、四街道市内では恐らく最大規模で自然公園と成っているって事前情報だったのですが…。城の入口の目印に自然公園の案内板が出ているはずが見当たらない。地図を見ながら辺り…

【狂犬通信 Vol.105】下総國印旛郡・古屋城

古屋城は総武線物井駅の北西約2kmの半島状に台地が競りだした先端に築城されています。この城は伝承も含めて記録が全く無い謎の城です。伝承しら無かった為に城郭遺跡として認識されたのは、昭和の後半に成ってからの様です。1980年代に調査が行われたところ…

【狂犬通信 Vol.104】甲斐國都留郡・谷村陣屋

谷村城趾碑の立つ小学校の道路の向かい側にある裁判所の敷地に、谷村陣屋の碑が立っています。この陣屋は谷村城が廃城に成った後、天領と成った都留郡を支配するために設置された代官所です。廃城と成った城の跡地に設けられ、明治まで天領を支配しました。…

【狂犬通信 Vol.103】甲斐國都留郡・谷村城

谷村城は都留市役所の北側一帯にありました。詰城の勝山城とは桂川を挟んだ対岸にあり、昔は桂川に橋が架かり、一体の城郭として運用されていました。谷村は都留郡の中心であり、この城は戦国期~江戸初期まで都留郡の中心地でしたが、甲斐國が天領&旗本領と…

【狂犬通信 Vol.102】甲斐國都留郡・勝山城

都留郡の勝山城は富士急の谷村駅の西側、桂川を渡った場所に築かれています。この城は都留郡の領主である小山田氏の居城であった谷村城の詰城として築城された様です。武田氏滅亡のおり、小山田信繁が武田勝頼を自身の居城である岩殿城に迎える事を提案した…

【狂犬通信 Vol.101】駿河國益津郡・石脇城

石脇城は東名高速の日本坂PAの直ぐ南東側にあります。駿河における北条早雲(伊勢盛時)の城と言えば、続日本100名城にも選ばれた興国寺城ですが、最初に与えられたのはこの石脇城の様です。解説板に依れば、文明年間(応仁の乱の最中)に今川義忠によって与えら…

【狂犬通信 Vol.100】駿河國益津郡・当目砦

当目砦はかんぽの宿焼津の直ぐ南側に有ったとされています。この砦の海側を大崩海岸沿いに駿府に抜ける道(当目坂)があり、持舟城の前哨陣地として配置されていたと考えられています。天正7年、駿河に侵攻した徳川勢はこの砦を落とし、当目坂を抜けて持舟城を…

【狂犬通信 Vol.99】駿河國益津郡・花沢城

花沢城はあの日本坂トンネルの焼津側出口付近に築かれています。この場所は東名高速、新幹線、東海道線、R150バイパスが密集して通っている事から、交通の要衝てある事が解ります。鉄道も車道も無かった中世に往来の役目を担ったのが府中道(日本坂道)です。…

【狂犬通信 Vol.98】駿河國有渡郡・持舟城

持舟城は静岡市内の西の外れ東海道線用宗駅の裏山にあります。この場所は駿府から焼津方面へ抜ける日本坂峠の登り口であり、城の北から東側に日本坂からの道が城に沿う様に続いていて、この城が駿府防衛のための重要な城で有った事が解ります。城の主郭から…

【狂犬通信 Vol.97】甲斐國八代郡・勝山城

勝山城は山梨県には複数存在します。城マニアに知られているのは、都留市にある勝山城で、見応えのある戦国末期の城です。歴史的に有名なのは、この八代郡にある勝山城の方です。場所は甲府南ICの直ぐ北東側に成ります。武田信玄の父の武田信虎は、父である…

【狂犬通信 Vol.96】甲斐國八代郡・市川陣屋

市川陣屋は身延線の市川本町駅の北西約200mの位置にありました。この陣屋は、甲斐國八代郡、巨摩郡の天領7万4千石を管理するための代官所です。明治維新以降も役所や学校として使用されていましたが、明治終り頃までに全て廃止&移転し、陣屋西門のみ移築され…

【狂犬通信 Vol.95】甲斐國八代郡・上野城

上野城は身延線の甲斐上野駅の直ぐ南側の舌状台地に築かれた城です。城主は武田信玄の末弟(武田信玄は男兄弟が何人居たのか正確には不明です。父の信虎は駿河に追放後の子もいるためです。信虎が甲斐で作った最後の男子です)で、武田24将の一人の一条信龍で…

【狂犬通信 Vol.94】遠江國周智郡・天方城

天方城は森市街の東側に築かれた天方氏の居城ですが、昭和になって発見された資料により従来の天方城は森市街の北側にあり、この城は戦国後期に新たに築城された城である事がわかり、従来の天方城と区別するために天方新城と呼ばれています。天方氏は藤原姓…

【狂犬通信 Vol.93】遠江國周智郡・真田山城

真田山城は遠江一之宮、小國神社の南側約2kmの位置にあります。この一帯は小國神社の社領であり、武藤氏が神職と地頭職を兼ねて支配していました。この城は武田氏と徳川氏の抗争が始まった時期に武藤氏によって築城されたようです。武藤氏は鎌倉期から戦国中…

【狂犬通信 Vol.92】遠江國周智郡・堀之内城山

堀之内城山は静身の城山の南側700m程度の所にあります。この城は平成になってから発見された城で、城の構造から徳川氏が犬居城攻撃の為に築城した陣城と言われています。旧秋葉街道は小奈良安集落から林道として、瑞雲坂迄続いています。堀之内城山はこの林…

【狂犬通信 Vol.91】遠江國周智郡・静身の城山

静身の城山は、犬居城から南に約1kmの気田川対岸の山上に築かれた犬居城の支城です。城の東側を旧秋葉街道が通り、瑞雲坂と呼ばれる旧秋葉街道最大の難所が犬居集落に向けて下っています。秋葉街道は駿河湾に面した相良から長野の塩尻まで続く塩の道と呼ばれ…

【狂犬通信 Vol.90】遠江國周智郡・犬居城

犬居城は幕末の博徒の清水次郎長の一の子分、森の石松で有名な森町から北に20kmの山中、火の神を祭った秋葉山神社下社の門前町である犬居集落の北東側にあります。鎌倉期に気田川流域の地頭職に任じられた天野氏によって築かれました。天野氏は今川氏に従っ…

【狂犬通信 Vol.89】武蔵國橘樹郡・小沢城

小沢城は読売ランド近くの読売ジャイアンツ屋内練習場の東側にあります。戦国前期の典型的な谷戸式城郭で、川崎市内で唯一原形を保っている城郭遺跡です。多摩川流域の平野部に面した急峻な丘陵の尾根を城壁として、仙石谷と呼ばれる南側の谷間に向かって、…

【狂犬通信 Vol.88】上野國邑楽郡・小泉城

小泉城は東武小泉線の小泉町駅西側にあります。戦国期に一帯の領主であった富岡氏の居城で、小田原征伐後に廃城となりましたが、江戸期の大名の居城並に立派な遺構が残ります。富岡氏は結城氏の一族で、永享の乱で自刃した鎌倉公方・足利持氏の遺児、成氏が…

【狂犬通信 Vol.87】下野國安蘇郡・阿曽沼城

阿曽沼城は阿曽沼氏の居城で、佐野市街、浅沼八幡宮の場所にありました。現在は遺構はほぼ消滅して、神社社殿裏に、幅8m位の空堀が、長さ50m程度残るのみです。阿曽沼氏は戦国期に佐野氏の重臣であったことから、田沼氏(悪名高き側御用人、田沼意次が有名で…

【狂犬通信 Vol.86】下野國安蘇郡・正光寺城

正光寺城は足利市と佐野市を分ける須花峠を佐野市側に下った集落の東側にあります。天正13年、足利の長尾氏は須花峠を越え、佐野氏の須花城を奪取しました。佐野氏16代当主の佐野宗綱は須花城を奪還すべく出陣し、須花城の東1km程の所にある正光寺城に入り、…