ほぼほぼ野外活動記@横浜

週末の超スローライフを綴ります ポタリング、釣り、キャンプ、ハイキング、散策、外飯、庭呑み・・・

史跡

【狂犬通信 Vol.24】甲斐國山梨郡・躑躅ヶ崎館

躑躅ヶ崎館は諸兄もご存知のとおり、甲斐源氏宗家である武田氏の武田信虎、晴信、勝頼の三代の居城です。「武田信玄は領内で戦をしないため、城を築かなかった」と、明らかに眉唾物の逸話を今でも信じている方がいらっしゃいますが、躑躅ヶ崎館は立派な平城…

【狂犬通信 Vol.23】ああ、コロナウィルス

要害山城にはガイダンス施設が無いため、要害山城の続日本100名城スタンプは甲府駅北側の藤村記念館に設置されています。金曜日に政府が外出自粛要請を出したので、嫌な予感はしてた(なので遠くへ行くのは止めました)のですが、予想どおり藤村記念館は臨時…

【狂犬通信 Vol.22】甲斐國山梨郡・要害山城

要害山城は甲府市街の北の外れ、躑躅ヶ崎館(武田神社)から北に2km程度の場所にあり、躑躅ヶ崎館の詰城(籠城用の居城)とされる城です。この城が有名なのは、武田信玄が産まれたとされているためでしょう。続日本100名城にも選出され、外出自粛要請にもかかわ…

【狂犬通信 Vol.21】甲斐國山梨郡・熊城

熊城は武田氏の居城である躑躅ヶ崎館の詰城である要害山城のすぐ南側の尾根に築かれていて、要害山城の出城とされる城です。以前、要害山城を訪れた際にたどり着けなかった城です。今回は城に向かう目印の土管を見逃さずに城の築かれた尾根に無事に取り付け…

【狂犬通信 Vol.20】駿河國駿東郡・山中城西郭と西櫓

山中城で有名なのが、障子堀です。山中城の他にも河村城、下田城にも見られ、以前は北条系城郭の特長と言われましたが、近年の発掘調査で、米沢城、豊太閤時代の大阪城でも見つかっています。特に有名なのが、西郭と西櫓の間にある襖の桟状の障子堀です。こ…

【狂犬通信 Vol.19】駿河國駿東郡・山中城

土曜日以外好天の三連休でしたが、野州唐沢山城に行こうと考えていましたが、心が折れて断念…。プランBの沼津城に行って、富士宮の寿がきやに行こうとしましたが断念…。無計画で箱根の山中城に行ってみました。山中城は日本100名城で、某国営放送局の最強の…

【狂犬通信 Vol.18】武蔵國都筑郡・小机城(後)

小机城東曲輪の虎口は西曲輪の虎口と同様に南側に向けて開かれていて、西曲輪の虎口が平虎口なのに対して、東曲輪の虎口は外桝形虎口と成っています。(近世城郭の桝形と形は似ていますが、使用目的は違います)虎口の外側は小さな切通状と成り、曲輪の縁に…

【狂犬通信 Vol.17】武蔵國都筑郡・小机城(前)

小机城にちょっと行ってみたのですが(1時間半位彷徨ってましたが…。)、今回は城の構造について諸説ある小机城の虎口について考察してみました。小机城は東西2つの曲輪と曲輪間にある細長い小曲輪で主要部が構成されます。東西2つある曲輪のうち、西側の曲…

【狂犬通信 Vol.16】相模國鎌倉郡・村岡城

村岡城は藤沢駅の東側、大船方面に続く丘陵上にあります。平将門の叔父の平良文の屋形の伝承が残る城跡です。しかし、平良文の屋形の伝承は、埼玉の熊谷にも残りそちらの方が正しい様です。村岡城は専門家からは高谷砦の名で呼ばれ、日本城郭大系にも高谷砦…

【狂犬通信 Vol.15】三増合戦碑

道志方面から綾瀬に帰るとちょうど帰り道になるので、三増合戦碑に寄ってみました。武田勢2万、北条勢1万8千の大軍が激突した神奈川県内では最大級の戦闘が行われた古戦場ですが、だれも居なくて静かなものです。(まあ、冬の雨上がりの午後ですからね)で、更…

【狂犬通信 Vol.14】小山田行村墓所

小山田行村の墓所はR413を山中湖方面に向かい、青野原集落の外れのセブンイレブン(いつも混んでるとこ)の先の奥相模湖方面への抜け道を道志川方向に曲がり、100m程度進んだ先にあります。小山田行村は、武田24将の一人である小山田信茂の従弟で、行村自身…

【狂犬通信 Vol.13】青根防空監視哨

青根防空監視哨は青根小学校(既に廃校?)の裏山にあります。名前から受ける印象のとおり、戦時中に設けられた、首都圏の防空のための監視施設です。山梨県内にもある様ですが、神奈川で残っているのはここだけと思われます。監視は、レーダー等の電波兵器…

【狂犬通信 Vol.12】法印の首塚

法印の首塚は、R413を山中湖方面に向かい、山梨県との県境にある青根集落の外れにあります。永録12年、小田原を襲撃した武田信玄は、三増で追撃する北条勢を破り甲斐に撤退します。大山山麓にある日向薬師は、北条氏から手厚い保護を受けていたため、御家の…

【狂犬通信 Vol.11】信玄芝原公園

寒川には以前から気になっていた場所がありました。それが、信玄芝原公園です。寒川神社の東側、産業道路を挟んだ農地の中にあり、前の農道からは社殿の屋根も見える至近距離です。名前の信玄は言わずと知れた武田信玄の事です。なんで、寒川に武田信玄の名…

【狂犬通信 Vol.10】寒川町・大神塚古墳群E号墳

大神塚古墳も秋葉山古墳、上浜田古墳と同様に周囲に他の古墳が点在する古墳群と成っていました。しかし、寒川の中心部のため開発で失われ、現存しているのは大神塚古墳の南側50mのE古墳のみと成っています。この古墳は、解説板には書かれていませんが、基部…

【狂犬通信 Vol.9】寒川町・大神塚古墳

土曜日(1月18日)は夜半過ぎまで雨(山間部では雪)が降っていたので、河津に行くのを諦めて、近くの大神塚古墳に行ってみました。大神塚古墳は、海老名の秋葉山古墳、上浜田古墳と並んで、相武国造古墳とされています。大神塚古墳は、その中でも初代国造の墓…

【狂犬通信 Vol.8】相模國足柄郡・小田原城 北条氏政、氏照墓所

小田原駅東口のロータリから路地を1本入った所に小田原征伐の後に自刃した北条氏政、氏照兄弟の墓所があります。北条氏政は小田原北条氏の4代目当主で、小田原征伐時には既に嫡男の氏直に家督を譲っていましたが、実質的な当主として、豊臣秀吉から自刃を命…

【狂犬通信 Vol.7】相模國足柄郡・小田原城 八幡山古郭

八幡山古郭は、江戸時代の小田原城本丸からJRの線路を跨いだ北側の山にあった築城から天文の頃まで小田原城の中心があったとされる場所です。現在は高校の敷地&市街化により観察できる遺跡は、高校敷地の隅に残る土塁の残欠と、小田原城天守を望む場所にあ…

【狂犬通信 Vol.6】相模國足柄郡・小田原城 続・小峯鐘の台

なるほど 真面目に読んで理解すると、結構面白いものである(;^_^A 小田原城総構を歩こう by 小田原城総合管理事務所 ━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─ 小峯鐘の台のある場所は、箱根山から延びた尾根が二股に別れ、南に分岐した尾根の尖端に江戸時代の小田原城があり、…

【狂犬通信 Vol.5】相模國足柄郡・小田原城 小峯鐘の台

思い出した! 競輪場を左手に見ながら緩い坂を登って行って、確か左方面に曲がった先の研修施設に、1泊2日の泊り込み研修に行ったことがある。30年近く前だったかなあ~ 夜、タクシーを呼んで小田原で飲んだっけ・・・ あの時、この付近を歩いていたんだなと…

【狂犬通信 Vol.4】相模國足柄郡・小田原城 総構稲荷森遺構

山の神堀切から西に500m位西に進むと総構の稲荷森遺構があります。ここは小田原城総構の遺構の中で最も状態が良いので有名なところです。他の場所は農地のため、立ち入りが難しいのですが、ここは竹藪のため、見学が容易だったのですが…。遺跡の整備に伴って…

【狂犬通信 Vol.3】相模國足柄郡・小田原城 総構山の神堀切

小田原城総構えは、基本的に単重の空堀と土塁で構成されていましたが、要所では二~三重の堀が掘られたり、総構えが突破された場合に備えて堀切が設けられていました。(守兵の担当戦区を別ける事ができる)山の神堀切もその1つです。堀切は総構の堀と繋がって…

【狂犬通信 Vol.2】相模國足柄郡・小田原城 城下張出

私が小田原城を見に行ったら、前回の記事で終わりです。しかし、本題はここからみたいです(;^_^A こんな案内図を見つけたので、貼り付けておきましょう。 小田原城総構を歩こう by 小田原城総合管理事務所 ━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─ 小田原駅の北北西約1.5kmほど…

【狂犬通信 Vol.1】相模國足柄郡・小田原城 プロローグ

突然ですが、気が付けば20年近い付き合いになっている城マニアの友人がいます。 人呼んで「綾瀬の狂犬」 この彼が、随分以前から日本各地のお城を訪れて、そのレポートをメールで発信してくるんですが、これがもうディープ過ぎて、何を言ってるんだか、何を…