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【狂犬通信 Vol.136】上杉神社

新田義貞首塚から西に1km位行った所に上杉神社があります。
小さな社殿の中に数基の五輪塔?が祀られていて、これらは最後の山内上杉氏当主・上杉憲政の嫡男、龍若丸とその家臣の墓と言われています。
河越合戦で大敗した上杉憲政は、本拠の上野金井城に寄り抗戦を続けますが、小田原北条氏の勢いは止められず、越後の長尾景虎を頼り逃亡。
嫡男の龍若丸は金井城から南東約10kmにある安保氏の武蔵御嶽城に籠っていましたが、近臣の裏切りに合い、小田原北条氏に引き渡されてしまいました。
そこで北条氏康が、「大敵の子は生かしてはおけぬ」と泣く泣く殺害したと解説板に有りますが、この時代は人質は生かしておけば利用価値が有るので、無闇に殺さないのが普通です。
なので、このエピソードには疑問が残ります。
織田信長の庶兄の織田信広は今川の捕虜に成った後、捕虜交換で助かりましたし、徳川家康正室と嫡男は家康が織田に寝返った後、今川の人質とされましたが、殺されたりはしませんでした。(今川氏一族だからというのはあると思いますが)
なんの証拠も無いですが、逃亡をはかって殺害されたと見る方が自然な気がします。
龍若丸は元服前の10~12歳位だったと言われています。
合掌