ほぼほぼ野外活動記

週末の超スローライフを綴ります ポタリング、釣り、キャンプ、ハイキング、散策、外飯、庭呑み・・・

【狂犬通信 Vol.110】甲斐國巨摩郡・日之出城

日之出城は新府城の東約3km、塩川の対岸にあります。
この城は、上杉禅秀の乱甲斐国守護職武田信満が討死して以来、甲斐国の支配権を巡り、武田信長、伊豆千代丸親子と信濃守護職・小笠原氏が甲斐に送り込んだ跡部氏、甲斐国守護代・逸見氏が争う状況において、武田伊豆千代丸を支持する日一揆の拠点でした。
一揆は、後に武川衆と呼ばれる信濃との国境付近に領地を持つ地侍達によって構成されていた武士集団です。
跡部氏を支持していた、輪宝一揆と抗争を繰り広げていましたが、最終的に甲府市内を南北に流れる荒川付近で全面衝突した結果、日一揆は大敗し、伊豆千代丸は討死したとも、甲斐を離れたとも言われています。
武田信長はその時、鎌倉公方の下に出仕していましたが、息子の危機に鎌倉を出奔して駆けつけるも間に合わなかったと伝えられています。
城は現在は中央道が城址を貫通し、城地は農地(かなりの部分は耕筰放棄されて荒れている)と成っているため遺構は見当たりません。
僅かに高速ののり面に堀切の名残と思われる窪みが見られる程度でしょうか。

調べて見ると、武川衆の中に宮脇某という地侍が居たようです。
白州のサントリー醸造所の近くに宮脇という地名を見つけたので、そこの領主と思われます。
宮脇氏は熊野大社田辺家に連なる家系で、和歌山や、応仁の乱で讃岐の地頭職を得た関係で四国の郷土史に登場する事が多いですが、山梨で宮脇の名前が出てきたのは不思議な感じがします。

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※内容に誤りがある事があります。(by 綾瀬の狂犬氏)