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【狂犬通信 Vol.109】甲斐國巨摩郡・武田信義館

武田信義甲斐源氏武田氏の4代目の当主です。
打倒平氏を廻る源氏の主導権争いは、源頼朝木曽義仲の争いが有名ですが、最近の研究では打倒平氏の旗頭として武田信義も朝廷から期待されていた様です。
しかし、武田信義は当初は頼朝とは別に挙兵して独自の勢力でしたが、頼朝の武田一族の取り込み政策により一族の多くが鎌倉に出仕してしまったため独自の勢力を保つ事が出来ずに頼朝に屈伏する事に成りました。
このため、甲斐源氏の名門武田氏宗家は鎌倉時代を通じて冷飯を喰うことに成ります。
館跡は韮崎の中心から西に釜無川を渡った所にあり、山沿いに少し行った所には武田八幡宮もあり、武田氏の甲斐における本拠は甲府ではなく、韮崎周辺であった事が解ります。
館跡一帯は現在は集落と成っていて遺構は残りません。
発掘調査では、カワラケ等の中世の遺物が多数発見され、この地に大規模な武士の館が有ったのは間違い無さそうです。

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※内容に誤りがある事があります。(by 綾瀬の狂犬氏)