ほぼほぼ野外活動記@横浜

週末の超スローライフを綴ります ポタリング、釣り、キャンプ、ハイキング、散策、外飯、庭呑み・・・

【狂犬通信 Vol.11】信玄芝原公園

寒川には以前から気になっていた場所がありました。
それが、信玄芝原公園です。
寒川神社の東側、産業道路を挟んだ農地の中にあり、前の農道からは社殿の屋根も見える至近距離です。
名前の信玄は言わずと知れた武田信玄の事です。
なんで、寒川に武田信玄の名前があるかと言うと、永録12年、駿河に侵攻した武田信玄でしたが、小田原北条氏に側面を突かれ、駿河から追い落とされてしまいます。
起死回生の手段として、上州から迂回して関東に侵入。
北条氏№2の北条氏照滝山城に猛攻を加えますが、簡単に落城しないと見るや、滝山城を放置して南下して小田原に向かいました。
その時に戦勝祈願に相模一宮である寒川神社に参拝したと伝わります。
その時に武田勢が待機のために布陣した場所が信玄芝原公園の場所と言われています。
相模川を渡った平塚側には、この時に北条勢と武田勢が合戦(小競り合い程度の小規模なもの見たいですが)に及んだ古戦場と伝わる場所があり、信玄の寒川神社参拝はそれなりに信憑性があると思います。
しかし、武田勢2万の全軍が纏まっていたとは思えない(マーケットガーデン作戦の英軍の例を見るまでもなく、大軍が纏まって行動すると交通渋滞が発生して移動が遅くなる)ため、この場所に布陣したのは馬廻衆のみと思います。
更に、今川義元の例を見るまでもなく、敵地で一ヶ所に留まる危険性については、若輩の頃から戦陣に身を置いていた武田信玄はよく解っていたと思われるので、寒川神社参拝は数時間程度の滞在と推測されます。
この公園に名前の由来を伝える解説板はなく(それらしい解説板はあるのですが、劣化で内容は全く読めません)中学生らしき兄ちゃんが、一人黙々とサッカーの練習に励んでいました。

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※内容に誤りがある事があります。(by 綾瀬の狂犬氏)