Now or Never

今でしょ!

花より団子、団子より歴史

昨日、釣りから帰ると、新羽の西方寺を訪れました。

法事があったわけではなく、目的はこれ。
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蝋梅です(ピンボケ・・・)

「蝋梅(ろうばい)」の何たるかを知ったのは、某ブログで拝見したほんの1週間前のこと。
「黄色い梅の花」に興味が湧き、また西方寺オフィシャルブログによれば月末が満開とのことなので、早速訪れた次第です。

地下鉄新羽駅からものの数分で参道入口に到着。
雰囲気のあるアプローチです。
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茅葺の山門。
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本堂も見事な茅葺です。
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茅葺の屋根って、どうして腐らないんだろ?
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目的の花は、本堂に向かって左手の客殿の前で咲きほこっていました。
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金木犀に似た甘い香りがします。
20140125dsc07615境内を一通り回ってから・・・

さ~て、やっぱり私は花より団子。

地下鉄ブルーラインを使って帰路に着きますが、乗り換え駅の横浜で降りずに高島町駅へ。

目的地はここ。
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1950年(昭和25年)に創業した老舗のお蕎麦屋さんです。
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横綱白鵬もお蕎麦を食べに訪れたんですね。
このお店とどんなご縁があるのでしょうか?
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暖かいつけ汁で海老天をいただく「元祖つけ天」が売りです。
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この店のつけ天こそ、今やどこの蕎麦屋でもメニューに載っている天ざるや天せいろの祖とのこと。

もちろん私はつけ天(の大盛り)です。
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久しぶりにお蕎麦をいただきました。
美味しかった~

お店を出ますと、店の前は平沼商店街とR1が交わる交差点。
そしてすぐ裏を京急が高架を走るのですが、、、
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線路横に張り出したこの構造物、何だかわかりますか?
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ここには、かつて平沼駅がありました。
戦時中に営業を休止し、そのまま廃止となりました。
ちょっと前まで、空襲で焼け残った上屋の鉄骨が残されていたのを覚えていますが、いつの間にかなくなっていたんですね。
戦争の跡を残した貴重な遺構でした。
米軍の空襲によって、この一帯は多くの方が犠牲になったと聞きます。

さて、この商店街を、JR・相鉄線側に歩いていきます。
お店も少なく寂しい風情ですが、こんな古めかしい電気屋さんが営業していました。
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そして線路に突き当たります。
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ここには、かつて踏切があったんですが、残念なことに廃止されてしまいました。
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帰ってから調べると廃止されたのは2005年。
もう既に9年も経っていることに驚きます。

さらに時を遡れば、上の写真のすぐ左手には、国鉄平沼駅がありました。

当時の東海道線の経路は、東京方面から大阪方面に向かって、、、

青木橋付近にあった神奈川駅
 ↓
初代横浜駅(現桜木町駅
 ↓
スイッチバック保土ヶ谷駅へ

と敷設されていましたが、スイッチバッグが不便ってことで、神奈川駅保土ヶ谷駅を結ぶ短絡線(現在の東海道線ルート)を作った際に、この場所に平沼駅が開業しました。
しかし、この駅は2代目横浜駅(現在のブルーライン高島町駅付近)の開業にともない廃止されました。
1915年(大正4年)のことなので、私の両親も見ていない時代の話です。
ちなみに、2代目横浜駅関東大震災によって崩壊し、復興にあたって現在の位置に移されました。

さてさて、ここの踏切跡には案内板が立っています。
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さらにずーっと時を遡れば、この平沼商店街の通りは横浜道でした。
上の写真で、この場所から右側(現横浜駅方面)は、この絵の通り海だったんですね。
この場所を、神奈川~横浜間を行き交う人たちが、海を眺めながら歩いていたなんて、、、

僅か150年程の歴史の浅い横浜ですが、震災、戦争、そして驚くべき近代化と人口増によって、目まぐるしい変遷を辿ったものです。

長文失礼しましたm(_ _)m