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【狂犬通信 Vol.99】駿河國益津郡・花沢城

花沢城はあの日本坂トンネルの焼津側出口付近に築かれています。
この場所は東名高速、新幹線、東海道線、R150バイパスが密集して通っている事から、交通の要衝てある事が解ります。
鉄道も車道も無かった中世に往来の役目を担ったのが府中道(日本坂道)です。
この日本坂道は、駿河西部の平野部から山間部に入り、花沢集落を通り、日本坂峠を越えて用宗集落に至ります。
その山間部への入口に築かれていたのが花沢城です。
駿府防衛の重要拠点であり、今川義元は一族の関口氏を城将とし、氏真の時代には寵臣の三浦義鑑(真明)の父の大原資良が配置されていた事からも、この城の重要性が解ります。
永録13年、駿河に侵攻した武田氏は大原資良と三浦義鑑の籠る花沢城を攻めます。
孤立無援の中、大原資良親子は14日に渡り抵抗を続けますが、ついに開城に至りました。
佞臣として今川家中では評判の悪かった三浦義鑑でしたが、あっさりと武田方に寝返った譜代の家臣よりは忠義の臣と言えるでしょう。
この城は江戸時代に編纂された諸国古城之図にも収録されているのですが、あまり知られていなかった城です。
最近、発掘調査が行われ整備が進んでいます。
行ってみて驚いたのですが、デカイ…。
事前に調べた感じでは100m位の城の様でしたが、実際は東西に500m位ありました。
しかも、帰ってから国土地理院の地形図を見たら、城の形が地形図に表れてました…。
私も修行が足りませんな…。

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※内容に誤りがある事があります。(by 綾瀬の狂犬氏)